この記事で分かること
- 呼吸と換気の違い
- なぜ空気が肺に入るのか
- 横隔膜だけで呼吸しているわけではない理由
- 安静呼気と努力性呼気の違い
- 演奏時の呼吸が楽器によって変わる理由
結論
呼吸は、胸郭や横隔膜などの運動によって胸腔・肺の容積と圧が変化し、その結果として空気が出入りする現象です。肺そのものが能動的に空気を吸い込んでいるわけではありません。音楽家が呼吸を考えるときは、奏法の前に、この基本的な仕組みを理解することが出発点になります。
「呼吸」という言葉には複数の意味がある
一般には、空気を吸ったり吐いたりすることをすべて「呼吸」と呼びます。
しかし生理学では、いくつかの現象を区別します。
たとえば、空気が肺へ出入りする「換気」、肺胞と血液の間で酸素や二酸化炭素を交換する「外呼吸」、血液と組織の間で行われるガス交換、そして細胞が酸素を利用してエネルギーを産生する「細胞呼吸」などです。
音楽家が「呼吸法」について話すとき、多くの場合に問題となっているのは、まず換気に伴う身体運動です。
したがって、このサイトでは最初に「空気がどう出入りするのか」「そのとき身体がどう動くのか」というところから整理していきます。
なぜ空気は肺に入るのか
空気は、基本的には圧の高い場所から低い場所へ移動します。
吸気では、横隔膜や外肋間筋などの吸気筋が活動し、胸郭が拡がります。
すると胸腔の容積が増え、それに伴って肺も広がります。
その結果、肺胞内の圧が大気圧より低くなり、外から空気が肺へ流れ込みます。
流れを単純化すると、
胸郭が拡がる → 肺が広がる → 肺胞内圧が下がる → 空気が入る
となります。
つまり、私たちは空気を力ずくで「吸い込んでいる」というより、身体運動によって空気が入ってくる条件を作っている、と考える方が実際の生理学に近い表現です。
呼吸は横隔膜だけで起きているわけではない
呼吸の話になると、横隔膜ばかりが注目されることがあります。
もちろん横隔膜は、安静吸気における主要な吸気筋です。
しかし、呼吸は横隔膜だけで成立しているわけではありません。
呼吸運動には、横隔膜だけでなく、肋骨、胸骨、胸椎、肋間筋、腹筋群など、多くの構造が関与します。必要に応じて、頸部や肩周囲の筋群が補助的に働くこともあります。
また胸郭は、単純に前後へ膨らむだけではありません。肋骨や胸骨、脊柱の運動を伴いながら、三次元的に形を変化させます。
呼吸は、横隔膜単独の運動ではなく、胸郭全体で起こる立体的な身体運動です。
息を吐く時には何が起きるのか
呼気では、吸気とは少し事情が異なります。
安静呼吸では、息を吐くために必ず強く筋肉を収縮させるわけではありません。
吸気筋の活動が低下すると、肺や胸郭が持っている弾性によって、胸郭と肺は元の状態へ戻ろうとします。
その結果、肺の容積が減り、肺胞内の圧が大気圧より高くなることで、空気が外へ流れます。
一方、強く息を吐くときや、演奏中に呼気を積極的に調整するときには、腹筋群や内肋間筋などが関与することがあります。
したがって、呼気を考えるときには、安静呼気と努力性呼気を分けて考えることが重要です。
音楽家の呼吸は通常の呼吸とは条件が異なる
人体の基本的な呼吸生理は、楽器によって変わるわけではありません。
しかし演奏時には、通常の呼吸とは異なる条件が加わります。
声楽では、呼気は声門の状態や発声との関係を持ちます。
管楽器では、口腔、舌、アンブシュア、マウスピース、リード、楽器内部の抵抗などが、呼気流や呼気圧に影響します。
例えば、フルートとトランペットでは、同じ「息を吐く」という行為でも、空気の流れ方や抵抗条件は同じではありません。
したがって、音楽家の呼吸を考えるときには、人体の呼吸生理と、楽器・発声が作る外的条件を分けて考えることが重要です。
ここから先に、初めて「演奏ではどのように呼吸を使うのか」という応用の話が始まります。
よくある誤解
肺が自分で膨らんでいる
肺そのものには、胸郭を拡げるための筋肉はありません。
吸気筋の活動によって胸郭が拡がり、胸腔内の圧が変化することで、肺がそれに伴って広がります。
呼吸=横隔膜
横隔膜は安静吸気における主要な吸気筋ですが、呼吸は横隔膜だけで成立しているわけではありません。
肋骨、胸骨、脊柱、肋間筋などを含む胸郭全体の運動として考える必要があります。
息を吐く時は腹筋を使う
安静呼気と努力性呼気では仕組みが異なります。
安静呼気は主として肺・胸郭系の弾性によって生じます。一方、強い呼気や演奏中の積極的な呼気調整では、腹筋群などが関与することがあります。
言葉ではなく、身体で実際に何が起きているかを分けて考えることが大切です。
自分の呼吸を観察してみる
椅子に楽に座り、普段通り数回呼吸します。
そのとき、胸骨・肋骨・腹部・背中・肩・首のどこが動いているかを観察してください。
次に、少しだけ深く吸ってみます。先ほどと同じ場所が、同じように動くでしょうか。
ここで大切なのは、「正しい呼吸」を探さないことです。まず、自分の身体で何が起きているかを観察します。
観察 → 仮説 → 再観察
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参考文献
Guyton and Hall, Textbook of Medical Physiology
West, Respiratory Physiology: The Essentials
Moore, Clinically Oriented Anatomy
Gray’s Anatomy
情報レベル
A |確立した基礎事実
本記事では、標準的な解剖学・呼吸生理学として広く受け入れられている内容を中心に扱っています。
著者情報
執筆・監修
山本 篤
理学療法士/大阪芸術大学 解剖学非常勤講師/日本音楽家機能解剖学指導者協会 代表
音楽家に対して、解剖学・機能解剖学・生理学・運動学の視点から、演奏に関わる身体のしくみを解説しています。
詳しい経歴は「プロフィール」ページをご覧ください。
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