この記事で分かること
- 肺そのものに胸郭を拡げる筋肉がない理由
- 肺が胸郭の動きに伴って広がる仕組み
- 胸腔内圧・肺胞内圧・大気圧の関係
- 胸膜が肺と胸郭をつなぐ役割
- 音楽家が「肺で吸う」と考えると混乱しやすい理由
結論
肺そのものが、自力で胸郭を拡げたり、空気を吸い込んだりしているわけではありません。吸気筋の活動によって胸郭の容積が増加すると、胸膜を介して肺もそれに伴って広がります。その結果、肺胞内圧が大気圧より低くなり、空気が肺内へ流入します。したがって、吸気を理解するには「肺が吸う」と考えるよりも、「胸郭の運動によって圧差が生じ、その結果として空気が流れる」と捉えることが重要です。
肺は自分で広がっているのか
肺には、胸郭を能動的に拡げるための骨格筋はありません。
そのため、肺そのものが筋力によって外側へ広がっているわけではありません。
吸気では、横隔膜や外肋間筋などの吸気筋が活動し、胸郭の容積が増加します。肺は胸壁の内側に存在し、胸膜を介して胸郭の動きに追従するため、胸郭が拡がると肺も広がります。
つまり、
胸郭が広がる → 肺が広がる
という順序で考えると、吸気の仕組みを整理しやすくなります。
ここで重要なのは、「肺が先に膨らんで胸郭を押し広げる」のではないという点です。吸気運動の出発点は、基本的には呼吸筋による胸郭の運動です。
空気は圧の高い方から低い方へ移動する
空気が肺へ入るのは、肺が空気を「吸い込む力」を持っているからではありません。
空気は、圧の高い場所から低い場所へ移動します。
吸気では、呼吸筋の活動によって胸郭の容積が増加し、それに伴って肺も広がります。肺が広がると、肺胞内の圧は一時的に低下します。
このとき、
大気圧 > 肺胞内圧
という関係になるため、外気が肺内へ流入します。
空気が流れ込んだ結果、肺胞内圧と大気圧の差が小さくなり、最終的には気流が止まります。
したがって、吸気を理解するときは、
筋活動 → 胸郭の拡大 → 肺の拡大 → 肺胞内圧の低下 → 空気の流入
という順序で考えると整理しやすくなります。
胸膜は肺と胸郭の動きをつないでいる
肺の表面は臓側胸膜に覆われ、胸壁の内面などは壁側胸膜に覆われています。
その間には胸膜腔があり、少量の胸膜液が存在します。
臓側胸膜と壁側胸膜は完全に離れて自由に動いているわけではなく、胸膜腔内の圧や胸膜液による表面張力などによって、肺は胸壁の動きに追従しやすい状態に保たれています。
そのため、吸気によって胸郭が拡大すると、壁側胸膜の動きに伴って臓側胸膜、さらに肺実質も外側へ広がります。
つまり、
胸郭の運動 → 胸膜を介した力の伝達 → 肺の拡大
という関係です。
肺は単独で能動的に膨らむのではなく、胸郭・胸膜系との連続した力学的関係の中で広がっています。
胸膜腔内圧と肺胞内圧は同じものではない
呼吸を説明するとき、「胸腔内圧」「胸膜腔内圧」「肺胞内圧」といった言葉が使われますが、これらは同じものではありません。
肺胞内圧は、肺胞の内部にある空気の圧です。
空気が肺へ入るか出るかは、基本的にこの肺胞内圧と大気圧との圧差によって決まります。
一方、胸膜腔内圧は、臓側胸膜と壁側胸膜の間にある胸膜腔の圧です。
安静時には通常、大気圧より低い圧に保たれており、この圧関係が肺を胸壁に追従させるうえで重要です。
吸気では、胸郭が拡大すると胸膜腔内圧はさらに低下し、その力学的影響によって肺が広がります。肺が広がることで肺胞内圧も低下し、外気が肺内へ流入します。
つまり、
胸郭の拡大 → 胸膜腔内圧の低下 → 肺の拡大 → 肺胞内圧の低下 → 空気の流入
という順序で考えると整理しやすくなります。
では息を吐くときには何が起こるのか
安静呼気では、吸気筋の活動が低下すると、吸気によって広がっていた肺・胸郭系が、その弾性によって元の状態へ戻ろうとします。
このとき肺の容積が減少し、肺胞内圧は大気圧よりわずかに高くなります。その結果、空気は肺外へ流出します。
つまり、安静呼気では、
吸気筋活動の低下 → 肺・胸郭系の弾性収縮 → 肺胞内圧の上昇 → 空気の流出
という流れになります。
一方で、強く息を吐く場合や、発声・管楽器演奏のように呼気流量や呼気圧を積極的に調整する場合には、腹筋群や内肋間筋などが関与することがあります。
したがって、「息を吐く=常に腹筋を使う」と考えるのではなく、
安静呼気と努力性呼気を分けて考えること
が重要です。
よくある誤解
肺が空気を吸い込んでいる
肺そのものが能動的に空気を吸い込んでいるわけではありません。吸気筋の活動によって胸郭が拡大し、肺がそれに伴って広がることで肺胞内圧が低下し、その結果として空気が流入します。
肺が先に膨らんで胸郭を押し広げる
吸気では、横隔膜や外肋間筋などの活動によって胸郭の容積が増加します。肺は胸膜を介して胸郭の動きに追従して広がるため、基本的には「胸郭の運動が先、肺の拡大が後」と考えると整理しやすくなります。
胸腔内圧と肺胞内圧は同じ
肺胞内圧は肺胞内部の空気の圧で、気流の方向に直接関係します。一方、胸膜腔内圧は臓側胸膜と壁側胸膜の間の圧で、肺を胸壁の動きに追従させる力学的関係に重要です。この2つは分けて考える必要があります。
「肺が吸う」と考えるのではなく、胸郭・胸膜・肺・圧差の関係として捉えることが重要です。
自分の呼吸を観察してみる
椅子に楽に座り、普段通りに数回呼吸します。
まず、吸うときに胸郭のどの部分が動いているかを観察してください。前方だけでなく、側方や背中側にも動きがあるかを確認します。
次に、少し深く息を吸ってみます。そのとき、胸郭の拡がり方がどのように変化するかを見てください。
ここで大切なのは、「肺を膨らませよう」としないことです。
自分の身体で観察できるのは、主に胸郭や腹部などの外側の動きです。肺そのものを直接動かしている感覚ではなく、胸郭の運動に伴って内部で肺が広がっている、と考えてみてください。
最後に、
胸郭の動き → 肺の拡大 → 空気の流入
という順序を思い出しながら、もう一度自然に呼吸してみます。
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参考文献
West, Respiratory Physiology: The Essentials
Guyton and Hall, Textbook of Medical Physiology
Moore, Clinically Oriented Anatomy
Gray’s Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice
情報レベル
A |確立した基礎事実
本記事では、肺・胸膜・胸郭の解剖学的関係、および換気に関わる基本的な圧変化について、標準的な解剖学・呼吸生理学として広く受け入れられている内容を中心に扱っています。
著者情報
執筆・監修
山本 篤
理学療法士/大阪芸術大学 解剖学非常勤講師/日本音楽家機能解剖学指導者協会 代表
音楽家に対して、解剖学・機能解剖学・生理学・運動学の視点から、演奏に関わる身体のしくみを解説しています。
詳しい経歴は「プロフィール」ページをご覧ください。
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