この記事で分かること
- 安静呼吸と努力性呼吸の基本的な違い
- 呼吸の深さによって呼吸筋の活動がどう変わるのか
- 安静吸気・安静呼気・努力性吸気・努力性呼気の特徴
- 発声や管楽器演奏の呼吸を単純に分類できない理由
- 自分の呼吸を観察するときのポイント
結論
安静呼吸は、身体が休んでいるときに行われる比較的小さく穏やかな呼吸です。吸気では横隔膜を中心に胸郭周囲の吸気筋が呼吸条件に応じて協調し、呼気は主に肺・胸郭系の弾性によって進みます。
一方、努力性呼吸は、運動時や強い発声、管楽器演奏など、安静時より多くの換気や高い呼気圧が必要な場面で生じます。
努力性呼吸では、安静呼吸で中心となる筋に加えて、吸気補助筋や腹筋群、内肋間筋の一部などの活動が増加します。
ただし、両者は完全に分かれた二つの呼吸ではありません。
必要な換気量・呼気流量・呼気圧に応じて、筋活動や胸郭運動が連続的に変化する
と理解することが重要です。
安静呼吸とは何か
安静呼吸とは、身体的・精神的に大きな負荷がかかっていない状態で行われる自然な呼吸です。
安静時には、身体が必要とする酸素を取り込み、産生された二酸化炭素を排出するために、比較的小さな一回換気量で呼吸が繰り返されます。
安静吸気では、主に横隔膜が収縮し、胸腔の上下方向の容積が増加します。同時に、外肋間筋などが肋骨運動を支え、胸郭の前後径や左右径も変化します。
吸気によって肺が広がると肺胞内圧が低下し、外気が肺内へ流入します。
一方、安静呼気では吸気筋の活動が低下し、吸気で引き伸ばされていた肺・胸郭系が弾性によって元の状態へ戻ろうとします。
その結果、肺胞内圧が上昇し、空気が外へ流れます。
したがって安静呼吸は、
吸気では筋活動が必要となり、呼気では弾性収縮が大きく関与する呼吸
と整理できます。
努力性呼吸とは何か
努力性呼吸とは、安静時よりも大きな換気量や速い空気の移動が必要となり、呼吸筋活動が増加した状態を指します。
運動時、息切れがあるとき、強く深呼吸するとき、咳をするとき、強い発声をするときなどにみられます。
努力性吸気では、横隔膜や外肋間筋の活動が増加するだけでなく、胸鎖乳突筋、斜角筋、胸筋群などが吸気補助筋として関与することがあります。
努力性呼気では、腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋などの腹筋群や、内肋間筋の一部などが活動します。
これらの筋活動によって胸腔容積がより積極的に変化し、呼気流量や呼気圧が高められます。
つまり努力性呼吸では、
吸気・呼気の両方で、必要に応じて参加する筋と活動量が増える
ことが特徴です。
安静吸気と努力性吸気の違い
安静吸気でも努力性吸気でも、横隔膜は重要な役割を担います。
違いは、単に横隔膜を使うか使わないかではなく、必要な吸気量や吸気速度に応じて筋活動の大きさと参加する筋群が変化することです。
安静吸気では、横隔膜を中心とした比較的小さな筋活動によって必要な換気が確保されます。
より深く、速く吸う必要がある場合には、横隔膜や肋間筋の活動が増え、さらに斜角筋や胸鎖乳突筋などが胸郭の挙上に寄与することがあります。
また、上肢を固定できる条件では、胸筋群などが胸郭を広げる方向に働く場合もあります。
ただし、補助筋が活動していることだけで異常と判断することはできません。
その場面で必要な換気を得るために、どの程度の呼吸努力が生じているか
を見る必要があります。
安静呼気と努力性呼気の違い
安静呼気は、一般に受動的な呼気と説明されます。
吸気筋の活動が低下すると、肺や胸郭の弾性によって肺容積が減少し、空気が外へ流れます。
これに対して努力性呼気では、腹筋群や内肋間筋の一部などが積極的に活動します。
腹筋群の収縮は腹腔内圧を高め、腹腔内容を介して横隔膜を頭側へ押し上げる方向に作用します。また、肋骨を下降させる筋活動は胸郭容積の減少に寄与します。
その結果、安静呼気よりも短い時間で多くの空気を排出したり、高い呼気圧をつくったりできます。
したがって、
安静呼気は弾性収縮が中心で、努力性呼気は筋活動による積極的な胸腔容積の減少を伴う
という違いがあります。
呼吸は二つに完全には分けられない
安静呼吸と努力性呼吸は、学習のためには区別すると分かりやすい概念です。
しかし実際の呼吸は、「安静」から「努力性」へ突然切り替わるわけではありません。
歩行、会話、歌唱、管楽器演奏、運動など、課題が変わるにつれて必要な換気量や呼気圧も変化します。それに応じて呼吸筋の活動は連続的に増減します。
たとえば、少し深く吸っただけで努力性呼吸と判断できるわけではありません。また、外見上は大きな胸郭運動がなくても、呼気圧を細かく調整するために筋活動が変化していることがあります。
そのため呼吸を評価するときには、
呼吸の大きさだけでなく、課題・速度・圧・時間・姿勢を合わせて見る
ことが重要です。
音楽家の呼吸はどちらに当たるのか
発声や管楽器演奏の呼吸は、安静呼吸とも、単純な努力性呼吸とも完全には一致しません。
演奏では、必要なタイミングで吸気を行い、フレーズの長さ、音量、音域、音色などに応じて呼気流量や呼気圧を調整します。
大きく吸う場面では吸気筋や吸気補助筋の活動が増えることがあります。呼気中には、腹筋群などが呼気圧をつくる一方、吸気筋の活動が残り、胸郭の急激な縮小を抑えることもあります。
つまり、音楽家の呼吸では吸気筋と呼気筋が単純に交代するのではなく、時間的に協調しながら働きます。
また、短いフレーズと長いフレーズ、弱音と強音、低音と高音では、必要な呼吸条件が異なります。
したがって、
音楽家の呼吸は、演奏課題に応じて調整された呼吸
として捉えることが大切です。
よくある誤解
深い呼吸はすべて努力性呼吸である
深く吸うと筋活動は増えますが、呼吸の深さだけで安静呼吸と努力性呼吸を完全に分けることはできません。呼吸速度、必要な換気量、呼気圧、身体の状態なども関係します。
努力性呼吸では力を入れるほどよい
必要以上に呼吸筋を緊張させると、胸郭運動が制限されたり、次の吸気へ移りにくくなったりすることがあります。重要なのは、課題に必要な呼吸を過不足なくつくることです。
安静呼吸では腹筋はまったく働かない
安静呼気は主として肺・胸郭系の弾性によって進みますが、姿勢や呼吸条件によって筋活動は変化します。「まったく働かない」と断定するより、努力性呼気では腹筋群の関与が明確に増えると理解する方が適切です。
安静呼吸と努力性呼吸は、使う筋肉の有無ではなく、必要な呼吸に応じた活動量と協調の違いとして考えることが大切です。
自分の呼吸を観察してみる
椅子に楽に座り、普段通りに数回呼吸します。
まず、自然な呼吸で胸郭や腹部がどの程度動いているかを観察してください。
次に、少し深く息を吸い、ゆっくり吐きます。
安静呼吸と比べて、胸郭の前方・側方・後方の動きや、首・肩周囲の活動はどう変化するでしょうか。
さらに、短く強く息を吐いてみます。
自然な呼気と比べて、腹壁の張りや下位肋骨の動きがどのように変化するかを観察してください。
最後に「フー」と細く長く息を吐き、短く強い呼気と比較します。
ここで大切なのは、正しい呼吸をつくろうとせず、
自然な呼吸・深い呼吸・強い呼気・長い呼気で身体の反応がどう変わるか
を観察することです。
次に読む記事
- 呼吸と腹腔内圧の関係
- 音楽家の呼気はどのように調整されるのか
- 呼吸と姿勢はどう関係するのか
参考文献
- West, Respiratory Physiology: The Essentials
- Guyton and Hall, Textbook of Medical Physiology
- Gray’s Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice
- Moore, Clinically Oriented Anatomy
情報レベル
A|確立した基礎事実
本記事では、安静呼吸と努力性呼吸の違い、呼吸の深さや課題に伴う呼吸筋活動の変化、努力性吸気・努力性呼気に関与する代表的な筋群について、標準的な解剖学・呼吸生理学として広く受け入れられている内容を中心に扱っています。
著者情報
執筆・監修
山本 篤
理学療法士/大阪芸術大学 解剖学非常勤講師/日本音楽家機能解剖学指導者協会 代表
音楽家に対して、解剖学・機能解剖学・生理学・運動学の視点から、演奏に関わる身体のしくみを解説しています。
詳しい経歴は「プロフィール」ページをご覧ください。
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