音楽家の呼吸は通常の呼吸と何が違うのか|演奏が呼吸に加える条件

歌唱と管楽器演奏で異なる呼気流量・呼気圧を示す呼吸の解剖イラスト

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この記事で分かること

  • 安静呼吸と演奏時呼吸の基本的な違い
  • 歌唱や管楽器演奏で呼気が長くなる理由
  • 楽器によって必要な呼気流量・呼気圧が異なること
  • 「正しい呼吸法」を一つに決められない理由
  • 音楽家の呼吸を観察するときに何を見るべきか

結論

音楽家の呼吸も、人体としては通常の呼吸と同じ解剖学・生理学的仕組みによって行われます。

しかし演奏では、吸気に使える時間、必要な吸気量、呼気の長さ、呼気流量、呼気圧などに特有の条件が加わります。

歌唱と管楽器でも必要条件は異なり、さらに楽器や音域、音量、フレーズによっても変化します。

したがって、

「音楽家に共通する一つの正しい呼吸法」を探すのではなく、演奏課題が呼吸にどのような条件を加えているかを考えること

が重要です。

演奏時の呼吸も基本原理は同じ

歌唱や管楽器演奏だからといって、人間の呼吸器に別の仕組みが生まれるわけではありません。

吸気では、呼吸筋の活動によって胸郭容積が増加し、肺が広がり、圧差によって空気が流入します。

呼気では、肺・胸郭系の弾性や呼吸筋活動によって胸郭容積と肺容積が変化し、空気が外へ流れます。

つまり、

胸郭運動 → 肺容積の変化 → 圧差 → 気流

という基本原理は、演奏中も変わりません。

異なるのは、この基本的な呼吸システムに対して、演奏が特別な条件を加えることです。

演奏では吸気に使える時間が短くなることがある

安静時には、身体は呼吸のタイミングを比較的自由に決めることができます。

しかし演奏では、フレーズやテンポによって吸気できる場所と時間が制限されます。

たとえば、長いフレーズの直前に短時間で吸気する必要が生じることがあります。

その場合、安静呼吸よりも速い吸気流量が必要になります。

その結果として、胸郭運動や吸気筋活動が大きくなる場合があります。

したがって、

演奏時の吸気では「どれだけ吸うか」だけでなく、「どのくらいの時間で吸う必要があるか」

も重要な条件になります。

演奏では呼気を時間的に調整する必要がある

安静呼気では、肺・胸郭系の弾性によって比較的自然に空気が排出されます。

一方、歌唱や管楽器演奏では、呼気を一定時間維持する必要があります。

フレーズ開始直後に空気をすべて放出してしまえば、長い音やフレーズを維持できません。

そのため演奏時には、

呼気流量を時間的に調整すること

が必要になります。

この調整には、呼気筋だけでなく、胸郭の復元速度や吸気筋活動の調整など、複数の要素が関係する可能性があります。

したがって、「吐く=腹筋を使う」と単純化することはできません。

楽器によって必要な呼気条件は異なる

管楽器では、呼気が楽器内部の抵抗条件と関係します。

また、歌唱では声門や声道の状態が呼気の流れに影響します。

そのため、同じ呼吸器を使用していても、演奏時に必要となる呼気流量や圧条件は同じではありません。

さらに、

音量

音域

アーティキュレーション

フレーズの長さ

などによっても条件が変わります。

したがって、「管楽器の呼吸」「声楽の呼吸」という大きなくくりだけでも十分ではありません。

実際には、

どの演奏課題で、どのような空気の条件が必要なのか

を具体的に考える必要があります。

「正しい呼吸法」を一つに決めることはできない

音楽教育では、「腹式呼吸」「胸式呼吸」など、呼吸を特定の名称で分類することがあります。

これらの言葉が教育上のイメージとして役立つ場合はあります。

しかし人体では、胸郭・横隔膜・腹壁などが完全に独立して呼吸しているわけではありません。

また、演奏課題が変われば必要な呼吸条件も変化します。

そのため身体科学の立場では、

呼吸法の名称より、実際に身体で何が起きているかを見ること

が重要です。

「この呼吸法が正しい」と先に決めるのではなく、

必要な吸気量

吸気時間

呼気流量

呼気圧

フレーズ時間

などから呼吸を考える方が、演奏課題との関係を整理しやすくなります。

よくある誤解

音楽家には特別な呼吸器の使い方が必要である

人体の基本的な呼吸生理は演奏中も同じです。演奏によって変化するのは、呼吸システムに加わる時間・流量・圧などの条件です。

深く吸えば吸うほど演奏に有利である

必要な吸気量は演奏課題によって異なります。必要以上の吸気が常に有利とは限らず、フレーズや呼気条件との関係で考える必要があります。

腹式呼吸がすべての音楽家に正しい

胸郭と腹部は相互に関係しながら呼吸します。また、必要な呼吸条件は楽器や演奏課題によって異なります。一つの呼吸法をすべての演奏に適用することはできません。

「どの呼吸法が正しいか」ではなく、「この演奏課題では呼吸に何が求められているか」を考えることが大切です。

自分の演奏時の呼吸を観察してみる

まず、楽器を持たず、または歌わずに、自然な呼吸を数回観察します。

次に、実際に短いフレーズを演奏・歌唱してみます。

その前の吸気について、

どのくらいの時間で吸ったか

どの程度深く吸ったか

胸郭や腹部がどのように動いたか

を観察してください。

次に、長いフレーズを試します。

短いフレーズと比べて、吸気量や呼気の使い方は変化するでしょうか。

ここで大切なのは、

「正しい呼吸をする」のではなく、演奏課題が変わったときに呼吸がどう変化するかを見ること

です。

最後に、

演奏課題 → 必要な呼吸条件 → 身体の反応

という順序で観察してみてください。

次の学びへ

前後の記事で順序を確認しながら、関係の深い別シリーズへも学びを広げられます。

参考文献

  • West, Respiratory Physiology: The Essentials
  • Guyton and Hall, Textbook of Medical Physiology
  • Gray’s Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice
  • Moore, Clinically Oriented Anatomy

情報レベル

A|確立した基礎事実

呼吸筋、胸郭運動、肺容積、圧差、気流などの基本的な呼吸生理については、標準的な解剖学・生理学として確立している内容を扱っています。

C|臨床的・教育的解釈

演奏課題を「吸気量・吸気時間・呼気流量・呼気圧・フレーズ時間」などに分解して観察する考え方については、基礎的な呼吸生理を音楽家の身体教育へ応用した教育的解釈を含みます。

著者情報

執筆・監修

山本 篤
理学療法士/大阪芸術大学 解剖学非常勤講師/日本音楽家機能解剖学指導者協会 代表

音楽家に対して、解剖学・機能解剖学・生理学・運動学の視点から、演奏に関わる身体のしくみを解説しています。

詳しい経歴は「プロフィール」ページをご覧ください。

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この知識を身体で試す

この記事で得た知識を、演奏前後の小さな身体実験へつなげてみましょう。楽器・関心・時間を選ぶと、今日の学び方を提案します。

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